おかえりの味
本を出したら本に書いた二度と行けないあの店の味を味わえた。
「キムラの出版祝いしよう!何食べたい? 🍖 or 🐟️?」「ティッシュのナポとハンバーグ!!」勢い任せでねだってみたら、うっかり願いが叶ってしまった。下北沢に元あった喫茶店「TiSSUE(ティッシュ)」の店主イッチーが、大好きだったあの味を振る舞ってくれるという。

この秋上梓した『本が繋ぐ』は、本を読みながらどんなふうに生きてきたかを纏めた随筆集だ。一編に一冊本を紹介しながら、その本を読んで呼び起こされた記憶と日々を書いた。エッセイは、書道家だった祖母に手を取られながら初めて墨で自分の名前を書いた日から始まり、生まれた土地で歳を重ね、上京し、成人し仕事を得、多くと出会い、そして別れ、今日に繋がっていく。
イッチーは私の4つ年上で、東京のお姉ちゃん的存在でもある。彼女とは、上京して初めて行った原宿の街角で出会った。当時ファッション誌のライターをしていた彼女に声をかけられたことをきっかけに読者モデルになり、私の東京人生はひらかれたのだった。その後、イッチーは27歳で起業しティッシュをオープンしたのだが、下北沢に住んでいた私が店の常連になるのは自然なことだったし、客というよりほぼ住人という15年間を経て、その後保険会社に勤め始めた彼女に今度は命の面倒まで見てもらい、今に至る。

だから必然的に、本書にもイッチーは頻繁に登場している。それは、「私あんなに出番多くて大丈夫?ちゃんと面白がってもらえるか不安なんだけど!」と外回りの合間に私の家までやってくるレベルの頻度で、気づけば私が「面白いから大丈夫」と勇気づける側に回っていた。発売直後で少しナーバスにもなっていたから、そんなふうにして私の心をほぐしてくれるイッチーに、ひどく癒やされた。
本当は、本を出すことにあまり積極的でなかった。なにを偉そうに、と思われてしまうかもしれないけれど、そうではなく、本を届ける仕事をしているからこそ、本と作家に対する尊敬と畏怖の念は強大で、その末席に自分が並んでしまうことに怯えたのだった。簡単に言ってしまえば、ビビっていたのだ。
でも、本を出したら読んでもらえた。多くの人の手に届き、読むだけでなく、感じたことを言葉にして送り返してくれた。私の記憶や過去の出来事に自身のそれを重ねてくれたり、今に繋がる話を聞かせてくれたり、自分にはこういう大事な本がありますと教えてくれたり、まさに投壜通信なのだった。おまけに二度と行けないあの店の味まで味わえて、喜びは日毎大きくなるばかりだ。


