ドラマ制作日誌⑦忙しない
ドラマプロデューサー | 映像と記憶

ドラマ制作日誌⑦忙しない

1月半ばに予定している撮影開始まで、ついに1ヶ月を切ってしまった。まだまだ続く取材、美術打ち合わせ、衣裳合わせ、第一報出しの調整、ポスタービジュアルの打ち合わせ、脚本打ち合わせ、などなどで、家族と共有で使っている「Time Tree」アプリのスケジュールが埋まっていくのを見るたびに心がギュッとなってしまう。私はこれらすべてを乗り越えられるのだろうか。漠然とした不安でいっぱいになる。秋までほぼ脚本のことだけ考えて過ごしていたから、ずっとこのドラマのことは考えているもののスケジュール自体はかなりゆとりがあって、それがどれだけ贅沢な時間だったのかを思い知る。

この「プリプロダクション」と言われる準備段階におけるプロデューサーとしての仕事は、例えば衣裳合わせでは、まず演じてもらうキャラクターについての説明を役者さんにすることだ。演じる方に脚本を読んでもらうと、自分が考えていたものとは全く違う印象があったり、思わぬところに疑問が出たりして、緊張はするがとてもワクワクする時間でもある。その後、「仕事着」「私服」「部屋着」などジャンルごとにたくさんの衣裳を着てもらう。監督と共に、この方向はあり、なし、などと言いながら組み合わせを変えてもらったりして、ひたすら着替え、写真を撮っていく。考えられる組み合わせを試し終わったら、最後に写真を並べて、3話まではこの方向でいこう、とか、これはちょっとキャラクター的にカジュアルすぎますかね?などと衣裳の方向性を決めていく。一度で決まる場合もあれば、再度衣裳合わせ、となることもある。自分がなんとなくイメージしていたものが、時には想像と全く違う方向に具現化されていくのは何度経験しても不思議な気持ちになる。少しずつ自分の手を離れていくような感覚だ(仕事はここから大変なのにも関わらず…)。

衣裳合わせといえば、過去一番たくさんの衣裳を着てもらったのは間違いなく『大豆田とわ子と三人の元夫』のとわ子さん。おそらく100パターン近い衣裳を着てもらったと思う。それだけの数の衣裳を集めてきてくれたスタイリストの杉本さんも、着てくれた松さんもすごい。ちなみに松さんは私が知る限り最も着替えの早い役者さんで、松さんの出番が終わってお見送りしようと待っていたら知らぬ間にお帰りになられていた、ということも度々ある、油断のならぬ役者さんだ。

早着替え、でいうと、私自身20代のアシスタント生活中に「全ての行動を1秒でも早く済ませて睡眠時間を1秒でも長く取りたい」という欲求のために、食事もお手洗いも身支度もものすごい速さで済ませるようになってしまった。いつも何かをやりながら頭の中や手足が次の行動を始めてしまい、ひどく忙しなく感じている。特に食事は、健康のためにもゆっくり食べたいのに、気づけば全て食べ終わっているし、一人で食事をするときはついつい「二つのことを同時に行なって時間を合理的に使おう」という発想になり、何かを見たり読んだりしてしまう。そんな自分が心底嫌なのだ。2026年の一番の目標は春の連ドラを事故なく無事にやり遂げることだが、二つ目の目標は、「この忙しなさを卒業すること」にしたい。

わたしの素

年末、忘年会にはほとんど参加できなかったが、その代わり、撮影が始まるまでに会っておかなければならない人との会食が目白押しだった。どんどん可処分時間がなくなっていく中、自分の食事はごく簡単に済ませてしまうものばかりになっていくので、プロのシェフが作った丁寧なご飯をいただくとなんだか励まされるような気持ちになった。中でも一番思い出深かったのは初めて行ったイタリア料理とインド料理を融合させたお料理の出るレストラン。トリッパの入ったビリヤニ、アニスの効いたティラミス…こんなに新しい組み合わせがあるのか!と一口食べるごとに驚きと感動があった。ドラマの企画を考えている時、もう「新しい物語」はないんじゃないか、と落ち込むこともあるけれど、初めて経験する新しい組み合わせ、新しい味に、勇気をもらったような気持ちになり、また頑張ろうと思う。

佐野亜裕美

著者プロフィール

ドラマプロデューサー
佐野亜裕美

CANSOKSHA代表社員。ドラマプロデューサー。
「ウロボロス」「おかしの家」「99.9-刑事専門弁護士-」「カルテット」「この世界の片隅に」「大豆田とわ子と三人の元夫」「17才の帝国」「エルピス」など。

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