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小説家 | 綿矢りさ

オイシサノトビラ

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オイシサノトビラ

オイシサノトビラ

────前編は、ここ数年中国文化に心を奪われていると語った綿矢りささん。著作『パッキパキ北京』の主人公・菖蒲は豪快な性格。作中、タニシで出汁をとったスープの麺料理から、鴨の舌、アヒルの脳まで、珍しい食材に躊躇なく挑んでいく。「私自身には、彼女のような度胸はない」と笑う綿矢さんだが、食文化への強い興味は、通じるところがありそうだ。


「普段から食に強い情熱があるわけではないんですが、〟今、ここでしか食べられないもの〝に弱くて(笑)。上海でも、地元の人に聞いたり、小紅書という中国のSNSで調べたりしながら、その土地ならではの味を食べ歩いています」

なかでも食指が動くのは、古くからその土地で親しまれてきたローカルフード。特に地域性が色濃く出る麺料理は、真っ先にチェックする。

「北京は寒い土地なこともあってか、辛い味付けが多いイメージですが、上海は比較的甘めの味付けが多い印象。特に上海の麺では、上海蟹の味噌とほぐした身を炒めた餡を、麺に和えて食べる優しい味の蟹粉拌麺が印象に残りました」

また、映画やドラマに登場した食を求めて街へ繰り出すことも。カリッと揚げた豚バラ肉と餅を甘辛いタレで絡めた排骨年糕はその一つ。

「少し前に、90年代の上海を舞台にしたウォン・カーウァイ監督のドラマ『繁花』を夢中で観ていました。その中に出てきたのが排骨年糕。何軒か行ってみたところ、お店によってタレの味も提供されるスタイルも全く違う。店ごとの個性も、ローカルフードの面白さですね」

中国では、「嗅いだことのない香りや、感じたことのない味や食感と出会えるのが楽しい」と綿矢さん。「面白かったのは、酸っぱい筍と臭豆腐をトッピングした麺。酸っぱ臭いんですが、なぜかクセになりました」。ただ時には、思いがけない食体験をすることもあるそうで……。

「上海市作家協会の方々とレストランへ行った時、大皿で鶏肉料理が出てきました。おいしくてどんどん食べていたんですが、一瞬、食感に違和感を持ったんです。なんとなく異様にプルプルしているな、と。それが、よく見たら鶏のトサカで。口に入れてしまえば、案外吹っ切れましたね(笑)」

一方で、土地特有の食事のスタイルに倣うこともまた旅先ならでは。大人数で回転テーブルを囲む中華の定番形式の魅力にも気がついた。

「丸いテーブルだと、その場にいる人たち一人ひとりの姿がしっかり見えるんですよね。『あの人、この炒め物ばっかり食べているな』『あの人、この食材が苦手なんだな』『あの作家さん、お箸を使って謎の料理と格闘しているな』とか(笑)。そんな姿を見ていると、食事を共にしている相手により親しみを感じるし、自分の食欲も湧いてくる。何気ない食事の時間がより強く記憶に残るような気がしました」

中国のことは「また作品に書きたい」と綿矢さん。「今回の滞在で、食を筆頭に、一口に中国と言っても地域によって文化が全然違うと改めて分かりました。その違いを作品の種にしたいですね」。彼女の心に刻まれた〟おいしい記憶〝は、また新たな物語へ繋がっていくことだろう。

わたしの素

「朝にお茶を飲むことが日課になっています。京都で生まれ育ったこともあり、子供の頃からお茶には馴染みがあるんですが、習慣化したのは30歳を過ぎた頃から。全身が温まって何となく調子が整う気がします。日頃は少しスモーキーな香りのする日本のいり番茶や、以前に中国で買った龍井茶を好んで飲んでいて、今滞在中の上海では〈tea’stone〉という専門店に足を運んで、お店で楽しみました。中国全土でとれる茶葉が何十種類も並ぶ店内は、空間も茶器も伝統を生かしながらうまく現代的にアレンジされていて、すごく居心地が良かったです。お茶をお土産にすれば、家に帰ってからも旅先のことが思い出せるので、上海でもたくさん買って帰ろうと思います」

profile
綿矢りさ / わたや りさ
作家 / 1984年、京都府生まれ。
2001年に『インストール』でデビューし、04年には『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。『勝手にふるえてろ』『生のみ生のままで』など代表作多数。近年の作品に『嫌いなら呼ぶなよ』『パッキパキ北京』など。


Credit:FRaU編集部
text & edit:Emi Fukushima

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「おいしさって、なんだろう?」をテーマに、その人の生きる素となるような食事との出合いやきっかけをつくることを目指しています。

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