
オイシサノトビラ
音楽家|良原リエ

オイシサノトビラ
────トイピアノやアコーディオンを奏でながら、朗らかに口ずさむ歌。軽やかな声と、楽しげなリズム。良原リエさんの音楽を聴くと、大人も子どもも気持ちが和らぎ、心がムクムクと元気になるのが分かる。
6歳でピアノを始めた頃から、教わった曲をアレンジしたり、替え歌を作るのが好きだった。学生時代はバンド三昧の日々。大学在学中にレコード会社と契約し、バンドやユニット、ソロなど形を変えながら、これまでに国内外で10枚以上のアルバムをリリース。テレビや映画の楽曲にも携わり、子育てを始めてからは子ども向けのコンサートや楽器作りのワークショップを開催。長い活動の中で音楽に向き合う姿勢は自然と変わっていき、今は音楽を通して人と人がつながることをより大切にしている。
良原さんのもうひとつの活動は、本を執筆すること。トイ楽器について、日々の食事について、子どものために作るお弁当について。その時々の関心を、言葉にして届けてきた。趣味の庭作りも2冊の本に。歌うこと、食べること、庭を作ること。ライフスタイルのすべてが表現につながっている。

「何もないところから考えたり、作ったりすることが好きなんです。音楽なら曲を書くこと。食ならレシピを考えること。庭ならあまり調べたりはせずに、観察しながら植物を育てることが楽しい。試行錯誤を重ねながら、自分の手で作っていくという点はどの活動も一緒です」
にこやかに話す良原さんだが、若い頃は自分の活動の多様さに悩んだこともあった。かつての日本の社会には、何かひとつを極めることを良しとする風潮が今より強くあったからだろう。そんな心のを吹き飛ばしてくれたのが、良原さんが大好きなアメリカの絵本作家、ターシャ・テューダーの言葉だ。
「彼女の本に『球根をひとつでも多く買うために絵を描く』というような一文があったんです。それを読んで、そうか私も種や苗を買って庭作りを楽しむために音楽活動を頑張ればいいんだと思えるようになりました」
CDのプロモーションでフランスへ行った際は、曲をイメージして撮った写真を見たフランス人に「音楽だけじゃなく、写真もやるの? ひとつのことを2つの方法で表現できるなんてすごい!」と言われたことも。多様な表現が自分らしさ。そう思えてからは、どの活動もより自由に楽しめるようになった。
良原さんに記憶に残る食について尋ねると、庭での思い出が次々と出てきた。
「庭の桜が咲くと木の下にシートを広げて家族で食事をするんです。なんてことのない料理でも、庭で食べるとそれだけでおいしい。子どもが幼い頃は食べこぼしを気にしなくていいので、朝も昼もおやつも庭で食べていましたね。蟻が必死にパンくずを運んで行ったり、鳥がついばみに来たり。私たちが食べ終わるのを、地域猫が遠巻きに待っていることもありました」

良原家の食卓には庭の恵みがそのままに映し出される。ローズマリーやセージは肉料理や魚料理に。塩漬けした桜の花が、おにぎりにちょこんと飾られたり、乾燥させた唐辛子がカレー作りに活躍したり。今年の驚きはオカワカメが大量に育ったこと。エゴマやシソも例年通り、庭のあちこちから自然と芽を出し、たっぷりと収穫できた。エゴマの葉は醤油漬けにして、ご飯のお供として楽しんでいる。

自身の庭の原点は、祖父の畑だと良原さん。
「たくさんの果樹に囲まれて、野菜が自然に育っている畑だったんです。それぞれが自生するようにのびのびと。かき分けた草をよく見たらニラだったこともありました(笑)。だから我が家の〟食べられる庭〝も、植物の種類で分けることなく、一体となって育てています」
祖父の庭にはイチジクの木があり、その実は熟す前にも収穫された。理由は、熟すまで待つと虫や鳥に食べられてしまうから。

「青いイチジクは天ぷらにするとおいしいと教わりました。そんなことを知っているのは自ら育てているからですよね。私は食いしん坊なので、野菜や果物の一番おいしい瞬間を知りたくなる。どんな芽が出て、どんな葉が茂るのか。実はどう大きくなり、いつが収穫時なのか。そんな風に食材ひとつひとつと向き合う時間が自分の好奇心を満たしてくれるんです」
ここ数年は食べた野菜を再生栽培する「リボーンベジタブル」が楽しく、庭先には鉢植えがずらりと並ぶ。アボカド、ブドウ、キウイ、リンゴ、サツマイモ……。馴染みの野菜や果物の葉はこんな形をしていたのかと見入ってしまう。庭を舞台にした良原さんの自由研究は、興味の赴くままに、ますます広がっている。
「こうして暮らしていると、旬をそのままに味わうことが何よりの贅沢だと気づきます。我が家の食卓はシンプル。でも、十分おいしいし、毎日の食事が楽しい。それを教えてくれたのは四季毎に移り変わるこの庭だと思っています」
わたしの素

「頑張らなくてはいけない時、ちょっと体調がすぐれない時、湿気がひどくてだるい時などに、体調のメンテナンスとして自家製梅干しを食べます。かれこれ15年以上、毎年漬けているのですが、12年前に息子が生まれてからは“干さない梅干し”になりました。夏の暑い時に生まれたので、単純に干すタイミングがなかったのです。でもそれを機に、干さなくても漬けっぱなしにすれば、おいしくなると気づきました。塩分強めの18%で仕込めば、何年放ったらかしでも大丈夫。干す工程がなく、材料を放り込むだけなので、気軽でとても簡単です。3年経てば、干したものと同じ柔らかさに。というわけで、我が家で食べるのはいつも3年以上前に漬けた梅干しです」
profile

良原リエ / よしはら りえ
アコーディオン、トイピアノ、トイ楽器の奏者。
映画『ターシャ・テューダー 静かな水の物語』の音楽をはじめ、テレビやCMの楽曲にも携わる。近著はリボーンベジタブル=リボベジをテーマにした『もういちど育てる庭図鑑』(アノニマ・スタジオ)。
Credit:FRaU編集部
photo : Kiyoko Eto
text & edit : Yuka Uchida
連載
オイシサノトビラの扉

オイシサノトビラ
「おいしさって、なんだろう?」をテーマに、その人の生きる素となるような食事との出合いやきっかけをつくることを目指しています。
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