
オイシサノトビラ
歌人|上坂あゆ美

オイシサノトビラ
──── 短歌をつくること、を軸にしながら、エッセイの執筆、ラジオ番組やPodcastへの出演、さらには演劇作品への参加など、幅広い活動を展開する上坂あゆ美さん。そもそも彼女が短歌をつくり始めたのは2017年のこと。10代の頃から抱えてきた家族、学校、身の回りの環境に対する鬱屈とした感情を、痛快に、時にパンチのある表現に昇華させた作品は、新聞歌壇やSNSで発表されると瞬く間に話題を呼んだ。
「幼い頃から漠然と何かを表現したいという思いがあり、学生時代には美術や映像など色んな媒体に挑戦しました。でもどれもしっくりこなくて。初めて歌集を読んだのは社会人になってから。31文字という限られた枠の中で展開される面白さと手軽さに惹かれて自分も始めました」
満を持して2022年に上梓した歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』は、発売前から重版が決まり、今や発行部数は1万部越え。順風満帆なキャリアのスタートに思えるが、その反響の大きさに思い悩むこともあったのだという。
「SNSをきっかけに色んな方に歌集を手に取ってもらえて、嬉しい反面、複雑な気持ちもありました。自分よりも明らかにうまい歌人がいるなかで、自分の方が目立っている現状にモヤモヤしてしまって。しかも短歌には千年以上の歴史があり、先人たちがさまざまなアプローチでたった31文字の表現を追求してきている。これ以上自分にできることって果たしてあるのだろうか、と後ろ向きな気持ちになってしまい、歌集を出してから1年くらいは、自信を失ってしまいました。でも不思議なもので、しばらくすると落ち込むことにも飽きてくるんですよね(笑)。下手だと思うなら、ただひたすらに書き続けるしかないと思い直してからは、自然と吹っ切れました」
2023年には会社員を辞め、専業の物書きへ。今では短歌に留まらずエッセイにも表現の幅を広げ、いくつものメディアで連載を抱えている。
「あまり変わっていないつもりでしたが、兼業の頃よりも圧倒的に書く量が増えたこともあってか、自分なりに成長を実感できる機会も増えました。少しずつ前進できていたらいいですね」
立ち止まって、進んで、後ろを振り返ってはまた前に進む。一筋縄ではいかない表現活動に日夜向き合う上坂さんが、書くことや次の一手に行き詰まった時に、決まって訪れるというのが、荻窪にある老舗の寿司店〈金寿司〉だ。

「初めて来たのは、たしか二年ほど前だったと思います。荻窪には数年前から住んでいて、隣駅に住んでいる友人から、仕事帰りに立ち寄る〈金寿司〉が最高だ、と聞いていたので、以前から前を通るたびに気になっていました。でもカウンターで食べる町のお寿司屋さんというと、ハードルの高さを感じてしまってなかなか入れなくて。自分の誕生日に、せっかくだから勇気を出してみようと足を踏み入れたのが最初。味はもちろん、大将と女将さんの優しく親しみやすい雰囲気にも惹かれて、一発で大好きなお店になりました」

大将が目の前で手際よく握るお寿司に「おいしすぎて自然と笑っちゃう」と上坂さん。この日も顔を綻ばせながら、新鮮なネタをどんどん口へ運んでいく。それと同時に、話好きの大将が語る〈金寿司〉の激動の50年史にもじっくりと耳を傾ける上坂さん。「いろんなことがあったけど、ただ毎日続けていたら、気づけば50年経ってただけなんだけどね」と話を結んだ大将に、「日々原稿に向き合っていると、 ただ続けていくことがいかに難しいかを実感します。私もそんなふうに淡々と言える書き手になりたいですね」と返す。そんな穏やかなやりとりもまた心地よくて、足を運びたくなるのだろう。
「もちろんここに来たからって悩みや嫌な気持ちが全て払拭されるわけではありません。でも、戦争や格差や炎上だらけのクソゲーのようなこの世界にも、こんなにもおいしいお寿司と居心地の良いお店があるんだと感じられるだけで、まあいいや、頑張ろう、と思えてくるんですよね。だから自分だけじゃなくて、周りに凹んでいる友達がいたら、『お寿司でも食べようよ』と声をかけて、〈金寿司〉に連れてくるようにしています」

振り返れば「子供の頃から食への執着が異常に強かった(笑)」と上坂さん。初めてインターネットに触れた小学校の低学年の頃にハマったのは、料理のレシピ投稿サイトを眺めること。
「簡単そうなレシピを見つけては、家で再現していました。作るのも楽しいし、何よりおいしいものが食べられる。なんて最高の遊びなんだと思っていました」と上坂さん。
そんな食へのワクワクした想いは、今も当時と変わらない。
「私は書き手として有名になることや、お金をたくさん稼ぐことにはあまり興味がなくて、短歌をつくることも、エッセイを書くことも、ラジオに出ることも、動機はすべて“毎日楽しくありたい”からなんです。食べることもまさに、そのための一要素。どんなに忙しくても、食を楽しむことだけは絶対にやめられません」
わたしの素

書き仕事の時に欠かせないのが、蜂蜜をドバドバとたっぷり入れたカフェオレです。そもそも私はタバコが大好きで、吸いながら机に向かうことがほとんどなんですが、空腹だとおいしくなくて。以前はブラックコーヒーとドーナツなどの甘いものを用意していたんですが、書きながらだとこぼれたり、手が足りなかったりと、色々と不便で(笑)。そこで辿り着いたのがこのカフェオレ。カフェインと甘いものが同時に摂れて頭も冴えるし、物理的にも原稿が書きやすくて一石二鳥。これを一日4、5杯飲み続けるので、奇しくも一日1リットル以上牛乳を飲んでいることになっています(笑)。でも今ではこれがなければ生業が立ち行かない。私の生活に必要不可欠な飲み物です。
上坂あゆ美 / うえさか あゆみ
歌人
1991年、静岡県生まれ。歌人、エッセイスト。2017年頃から短歌をつくり始め、2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)を上梓。短歌やエッセイを中心に執筆活動を続け、連載多数。
Credit:FRaU編集部
photo : Masanori Kaneshita
text & edit : YEmi Fukushima
金寿司
東京都杉並区荻窪5-7-12
☎03-3398-3838
連載
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「おいしさって、なんだろう?」をテーマに、その人の生きる素となるような食事との出合いやきっかけをつくることを目指しています。