
オイシサノトビラ
三宅唱

オイシサノトビラ
────ある時は退廃的に生きる若者のモラトリアムを、ある時は少年少女たちの初々しい交流と成長を、ある時はそれぞれ病を抱える男女のささやかな助け合いを。同時代を生きる誰かの日常を繊細に活写するのが映画監督の三宅唱さん。
そんな三宅さんの映画への向き合い方と、撮る上で大切にしていることを尋ねた。
聴覚障害を持つ主人公がプロボクサーを目指す日々を描き出した2022年の映画『ケイコ 目を澄ませて』は、世界でも大きな反響を呼んだ。
「国の壁を越えることができる映画という芸術の面白さを再認識することができました。かといって評価は関係なく、次のことを考える毎日です。生活にあまり変化はないですね」
自らの今をあくまで冷静に見つめる三宅さんだが、昨年には中国の自主上映団体によって監督の特集上映会が開かれ、自身も中国へ。現地の観客たちの反応に直に接することとなった。
「回ったのは上海、杭州、武漢、成都、北京の5都市の映画館。20代を中心に多くの人が足を運んでくれたなかで、意外だったのが『きみの鳥はうたえる』という作品の人気の高さでした」
函館の郊外を舞台にした本作は、いずれやってくる 〟終わり〝をどこかで意識しながらも、享楽的な日々を送る3人の若者たちの物語。
「特集上映を主催してくれた人たちと話す中で、なんとなく理由が分かってきて。というのも大作映画でも独立映画でも、自分たちの『リアル』 〟リアル〝とは少し遠い映画の方が多いように感じています、と言うんです。でも映画を観たり、クラブに行ったり、恋愛したり、お金も未来もないけど、ただぼんやり日々を過ごしている若者もいる。等身大の彼らを撮った映画が少ないがゆえに、現地の若者たちはこれを『自分たちの映画だ』と思ったらしいんです。なかには、主人公そっくりのファッションの観客もいて(笑)。国が違えば悩みのディテールは違いますが、本質的には同じという実感を得ました」
そんな新たな人々との接点同様に、三宅さんにとって食との出会いもまた映画を通じてもたらされる。日頃の食事は「適当に済ませてしまいがち」だというが、唯一撮影のロケハンで各地に赴く時は食を楽しむチャンスなのだとか。
「ロケハン中は、同行するスタッフたちとご当地のものを楽しんでいます。最近も海辺の町に行った時は、昼に定食屋で海鮮を食べたり、岩のりや塩辛をお土産に購入したりしました」


こうした時間は来たる撮影、ひいては作品をより良いものとするためにも作用してくれる。
「僕を含む映画のスタッフは、基本的にはフリーランス。普段は皆、別々の現場で仕事をしています。だからロケハンの時などにご飯を囲むと、久々に会ったスタッフなら空白を埋めるおしゃべりができるし、初めて組むスタッフなら互いのことを知ることができる。これから仕事をするぞという前の、チームの結束を強めるいいコミュニケーションの機会になっています」
一方、撮影に入れば体力勝負。ここでの食はエネルギーを補うために欠かせないものとなる。
「あるベテラン監督は、頭を働かせるために撮影中はご飯を食べないとの噂を聞いたことがあって。撮影のたびに真似しようと思うんですが、やっぱりお腹は減る(笑)。だいたい初日で断念して、2日目からはしっかり食べています」
後編につづく。
profile

三宅唱 / みやけ しょう
映画監督 / 1984年、北海道生まれ。
いくつかの短編作を手がけたのち、2010年に『やくたたず』で長編デビュー。主な作品に『きみの鳥はうたえる』(18年)、『ワイルドツアー』(19年)、『ケイコ 目を澄ませて』(22年)。最新作は『夜明けのすべて』(24年)。
Credit:FRaU編集部
text & edit:Emi Fukushima
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「おいしさって、なんだろう?」をテーマに、その人の生きる素となるような食事との出合いやきっかけをつくることを目指しています。
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