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編集者|ルーカス B.B.

オイシサノトビラ

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オイシサノトビラ

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────カリフォルニア大学を卒業した翌日にバックパックひとつで日本に来たルーカス・B. B.さん。1ヵ月の旅行のつもりが、そのままに日本で暮らすことになり、今年で32年目。


「もうそんなに経つんだね!」と笑う表情は、気のせいか日本人らしく見えてしまう。初の海外旅行の行き先として選び、そのまま定住したと聞けば、よほど日本に憧れがあったのだろうと思うが、そうではない。

「90年代は、今ほど簡単に海外の情報が入手できるわけじゃなかったから、当時のアメリカ人が抱いていた日本のイメージといったら、サムライやスシくらいだったんだよね。僕も大して変わらなかったけれど、唯一違っていたのは、サンフランシスコのジャパンタウンにある紀伊國屋書店で、日本の雑誌を見ていたこと。コムデギャルソンやイッセイミヤケがフレッシュだった時代で、日本の雑誌のデザインやレイアウトも新鮮だった。だから、日本の文化には詳しくなかったけれど、面白そうな国だなって思っていたんだ」

学生時代から学級新聞や自作の雑誌を手がけていたルーカスさん。大学ではアメリカ文化学を専攻し、その一方で、趣味として舞台のコスチュームをデザインするなど、ファッションにも関心があった。

「初めての海外旅行でどこに行こうかと考えた時、ヨーロッパにもかっこいいファッション誌はあったけど、どうせなら想像もつかない、宇宙みたいな国に行きたいと思ったんだ。ヨーロッパの文化はある程度イメージができるけど、日本は僕にとって未知の惑星だったからね」

来日したルーカスさんは、日本の治安のよさと人の優しさ、食べ物のおいしさに感動。英会話講師や海外メディアでの執筆をしながら生活を続け、滞在4年目に雑誌『TOKION』を立ち上げる。今なお根強いファンがいる伝説のカルチャー誌で、雑誌作りを通して日本との関わりは一層深くなっていった。

その後、2002年に雑誌『PAPERSKY』を創刊。 〟地上で読む機内誌〝をコンセプトに、国内外のさまざまな旅を紹介し、最新刊で70号を数えるまでになった。

「創刊してすぐは海外の旅がメインだったけれど、僕の関心がローカルな日本に向くようになって、これからはもっと地方を取材してアーカイブしていこうと考えていたら、コロナ禍になったんだよね。国内旅行への関心が高まって、結果として、タイミングがよかったと思う」

ルーカスさんの作る特集は、いつだって自分の興味が出発点になっている。マーケティングでは辿り着けない、時代の変化を肌で感じとったチューニング。だから、リラックスしながらも、息の長い雑誌を作り続けられるのだろう。

「『TOKION』も時の音という意味だからね。僕はすごく頑固なところがあるけど、一方で変わっていくことも好き。両方の性格を持っているのが自分でも不思議なんだよね」

長年、渋谷を拠点に活動してきたルーカスさんだが、数年前から静岡県の焼津市にも住まいを構え、行き来する日々を送っている。

「駿河湾に面した港町で、魚がおいしいし、釣りが楽しい。鰹節しが有名だから、鰹をテーマにトレイルコースを作っているんだ。日本には鯖街道やぶり街道みたいに、魚の名前が付いた街道があるからね。 『トレイル・ラーニング』というコンセプトも考えていて、歩きながらその土地の文化を学べたら面白いなって。歩くことは瞑想と似ているし、頭がクリアになるから、学びにはぴったりだよね」

ルートは全長100マイルで、焼津の海岸から南アルプスを巡るループトレイル。すでに歩いて検証済みだ。出会った文化に即座に反応し、カタチにしてしまうのがルーカスさんらしい。焼津の生活はさまざまな刺激になっていて、なんと少年時代の食の思い出も更新されたとか。

「焼津では妻のおばあちゃんと一緒に暮らしていて、おばあちゃんが作るちらし寿司を食べる機会が増えたんだよね。それで思い出したのが、幼い頃、僕が日系の友人から買って食べていたおにぎりが、酢飯を握ったものだったこと。すっかり忘れていたけど、この味、知ってる! とはっきり思い出したんだ」

趣味の野球カード集めのためにランチ代を節約していていたルーカス少年は、日系の友人から1ドル2個でおにぎりを買っていたそう。それがおにぎりという食べ物だと知るのは、日本に来てから。さらにそのおにぎりが酢飯だったと、最近になって分かったのだ。

「味覚の記憶って面白いよね」と目を輝かせるルーカスさん。日本では酢飯のおにぎりは珍しいこと、酢飯を気軽に食べるものとしては油揚げに詰めた稲荷寿司があることを伝えると、「そうか。じゃあ、稲荷寿司ももっといろいろ食べてみなきゃね!」と笑顔に。

興味や発見は日常のあちこちに溢れていて、数珠繋ぎにすることでどこまでも広げていける。ルーカスさんが雑誌作りの軸としている姿勢を、おにぎりについての他愛もない会話で、垣間見た気がした。

わたしの素

家にいるときは、毎朝必ず、スプーン一杯のハチミツを舐めるのが習慣。このハチミツでないとダメというこだわりはなくて、取材先や旅の道中で買った世界各地のハチミツを順番に楽しんでるんだ。東京と静岡の二拠点生活を始めてからは、それぞれのキッチンにハチミツがあって、東京で今、開けているのはハワイ島のホワイトハニー。ハワイ島で暮らす友人がのファーマーズマーケットで買ってきてくれたもので、ハチミツといえば琥珀色のものを思い浮かべると思うけど、これは白くてクリーミーな味わい。行ったことのある地域を思い出したり、 まだ行ったことのない地域を想像したり。 ハチミツを舐めて、世界を旅している感じだね。

ルーカス・B.B /ルーカス・ビービー
編集者
1971年アメリカ・ボルティモア生まれ。サンフランシスコ育ち。1993年に来日し、96年にカルチャー誌『TOKION』を創刊。2002年に立ち上げた雑誌『PAPERSKY』は最新刊で70号となる。自転車で日本各地を巡る旅企画「ツール・ド・ニッポン」も開催。
Credit:FRaU編集部
photo : Ayumi Yamamoto 
text & edit : Yuka Uchida

 

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「おいしさって、なんだろう?」をテーマに、その人の生きる素となるような食事との出合いやきっかけをつくることを目指しています。

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