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森岡書店|森岡督行

オイシサノトビラ

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オイシサノトビラ

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──── 賑やかな銀座の中心を離れた裏路地で、1冊の本だけを紹介する〈森岡書店〉。毎回、取り上げる本にまつわる物語を展開した展示と合わせて、単純に読むということだけに留まらない厚みのある体験をさせてくれるユニークな書店兼ギャラリーだ。2015年に、この店をオープンした森岡督行さん。そのお茶目でやわらかな人柄にもファンが多く、わずか5坪ほどの小さな空間には、たくさんの人が訪れる。森岡さんが本を仕事にしたきっかけは、日本一の古書店街で知られる神田エリアの神保町にあった。


「切手とコインに夢中だった小学生時代を経て、中学に入ると、学校と自宅との間にできたレンタルビデオショップと書店に通い、雑誌で見た東京のカルチャーに憧れを抱くようになりました。古着のリーバイス501や、 〟渋カジ〝のファッションってなんてカッコいいんだろうと思いながら、大学に通うために山形から上京したんですよね。そこで初めて神保町という街を訪れて、数百軒もの古本屋が軒を連ねる風景に感動しました。これは面白いなと思ったんです」

もともと本は好きだったというが、より深く、その世界に触れるようになった。

「本のなかでも古本には伝統があり、本をリサイクルできるから環境にも優しい。古書店街のなかでも近代建築が美しい〈一誠堂書店〉が気に入って、ここで働きたいなと考えました」

1998年に〈一誠堂書店〉に就職。8年と少しの間を神保町で過ごし、その後、東京の日本橋エリアの茅場町に前身の〈森岡書店〉を開業。現在の銀座の店舗は、森岡さんが感じる本の魅力を、さらに次のステージへと前進させた、全く新しい考え方がコンセプトとなった。そして来年2025年には、銀座の店舗も10周年を迎える。その大きな節目を前に「本当にあっという間ですよね」と思い返す森岡さん。

「ここ数年を振り返ると、コロナ禍もあってか、小さな独立系書店を開きたいという人も増えましたし、書店と本が以前より脚光を浴びている気はしますね。〈森岡書店〉も東京という出版の街にあり、来てくれるお客さんにも恵まれて、出版、販売、展示というスタイルの流れが、さらに広がってきているように感じています」

「まだ20代前半だった〈一誠堂〉時代ですね。店の隣に美術洋書を扱う書店があって、そこの店主の 〟松村さん〝と話をするようになったんです。そのうち、六本木の寿司屋から銀座のクラブまで、いろんな店に連れて行ってもらうようになった。当時、松村さんからいろんなことを教わりましたね。銀座のクラブに行くのに釣りはいらないと言って買った1万円の薔薇を私に持たせたり、高級寿司店に大好きなコニャックを持ち込んで飲みながら、トロとかでなく季節のシャコを食えよと教えてもらったりした。私は山形の内陸で育ったので、魚に季節があるということすら知らなかったんですよね」

若くて未熟だった森岡さんに様々な知見を与え、育ててくれた松村さんとの思い出は尽きない。それを象徴する体験のひとつとして深く記憶に残るのが、神田で創業144年という歴史を誇る〈かんだやぶそば〉での出来事だ。

「もう四半世紀も前のことですが、いつもここに来ると『お前は本当にダメだな』と言われたのを思い出します。在は松村さんが言うところの田舎者という意味で、『そんな食べ方ではダメだ』と怒られた。わさびを蕎麦猪口の中のつゆに解くのも、麺をつゆの中でかき混ぜるのも違うと。初めて教えてもらった蕎麦の食べ方に心動かされた、かけがえのない体験でした」

わさびは蕎麦につけて、つゆをフレッシュに保つ。麺は先をほんの少し、つゆに浸すだけ。今では当たり前にやっている「在」ではない「粋」なスタイルを、森岡さんは愛している。

「東京の好きな街を教えてくださいと言われると、神田、日本橋、銀座と、これまで自分が働いてきた3つの街を挙げるんです。そこには〈やぶそば〉のような老舗の名店があり、丁寧な仕事に出会えたりする。蕎麦も含め、食の分量も全体に多すぎない。これくらいで丁度いいでしょ、というのが粋じゃないですか」といいながら、厨房にオーダーを通す花番さんの 〟通し言葉〝が耳心地よく響く店内で、「せいろうそば」を3枚、ペロリと平らげる。

「自分の仕事って、言ってしまえば本を売るだけのことなんですけど、内実は、時間と空間を作って、お客さまに感動してもらうことだと思うんです。〈やぶそば〉でも蕎麦を食べるのと一緒に、時間と空間をいただいている。単に味だけでなく、誰とどこでどのように過ごしたかも大切で、それがいい時間だったことに感動する。そこでは心を動かされることが、すごく大切な要素で、感動すると、それと同じようなことをしたいと思うようになる。それが自分の店に昇華されて表れる。あるいは料理家なら、食べて得たインスピレーションが次の一皿につながっていく。食というのは自分にとって、そうした学びにもつながっていますね。感動というのは、未来をつくることと結び付くんですよね」

わたしの素

〈森岡書店〉の近くに店ができた時、ドライフルーツとナッツのシリアルなら体にいいだろうと、軽い気持ちで立ち寄って買った〈Bardon〉の「Kanae Bar」。最初は深く考えずに、ただおいしくて食べていましたが、そのうち肌艶がいいと言われるようになり、家族からも最近シミが薄くなったと指摘されて。確かに、自分で鏡を見たらそんな気がして、以来、毎日欠かしません。しっかりランチを食べると午後に眠たくなるので、今ではこれがお昼代わり。休憩の時に食べるにも丁度良くて、いつも自分の店への行きすがらに買っています。全フレーバーの中でも、シナモン味が好み。かわいらしいお店に足繁く通っている男性は、たぶん私くらいでしょう。

 

森岡督行 / もりおか よしゆき
〈森岡書店〉代表
1974年、山形県生まれ。〈一誠堂書店〉を経て、2006年、茅場町に〈森岡書店〉をオープン。2015年、「一冊の本だけを売る書店」をテーマに銀座でリニューアル。自身の店以外でも、キュレーターとして活躍。著書に『800日間銀座一周』『銀座で一番小さな書店』などがある。
Credit:FRaU編集部
photo : Ayumi Yamamoto  
text & edit : Asuka Ochi

かんだやぶそば
東京都千代田区神田淡路町2-10
☎03-3251-0287

連載

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「おいしさって、なんだろう?」をテーマに、その人の生きる素となるような食事との出合いやきっかけをつくることを目指しています。

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