
自然と、道具
梅仕事を続けているわけ。

プロデューサー
竹下充
毎年6月になると、自然と体が「そろそろ梅仕事の時期だ」と思い出します。かれこれ10年以上続けている習慣ですが、上手くなりたいとか、特別な梅酒を作りたいという向上心があるわけではありません。ただ、毎年やっているから「今年も作らないとなんとなく落ち着かない」という、誰からも求められていない小さな使命感に駆られてしまうのです。
今では、なぜ作り始めたのかも思い出せないのですが、おそらく幼い頃の記憶がどこかで残っているのだと思います。田舎の庭にあった梅の木から実を収穫し、祖母と一緒に水で洗い、ヘタを取る。その手のひらに広がる青梅の香りや、布巾の上で転がす動作。収穫した梅は梅ジュースや梅酒、梅干しになり、食卓に登場するのが当たり前の光景でした。その小さな記憶がふと蘇って、作り始めたのかもしれません。
最初に作った梅酒は、ネットで調べた基本レシピ通りに作ったものでしたが、いざ出来上がりを飲んでみると、自分には甘すぎてしまいました。そこから翌年は「もっと自分好みに作ってみよう」と思い立ち、梅酒のアレンジを始めることになります。
まずは砂糖の量を減らし、当時よく飲んでいたラム酒をベースに変更してみることに。仕上がりはなかなか良く、自分で考えて作ることの楽しさに気づいてしまいました。さらに次の年にはホワイトラムとダークラムの2種類で仕込み、飲み比べを楽しめるように。翌年にはラム酒だけでなくブランデーやウォッカなども使い、計4種類の梅酒を仕込み、味の違いを試すことが年中行事のようになっていきました。
ただ、これだけ作っておきながら、実は僕は特別梅酒が好きというわけではなく、初年度のものも翌年のものも棚の奥に残っていたりします。ちょっと高級なブランデーを使っても、自分の味覚の解像度ではどれも「普通の梅酒」になってしまうことが多く、コスト的にもあまり意味がないなと気づき、ブランデーの使用はやめることにしました。
その後、お酒自体はあまり飲んでこなかったジンを取り入れてみたのが5年目くらいだったでしょうか。ジュニパーベリーの香りと梅の酸味が喧嘩せずに合わさり、自分でも納得できる梅酒がようやく完成した感覚がありました。それ以来、ここ数年の私の定番レシピは「梅500g、氷砂糖220g、ジン720ml(1本)」に落ち着いています。
ジンもいろいろ試してみましたが、複雑な味と香りがある高級なものより、シンプルで「これぞジン!」というジュニパーベリーの香りが立つリーズナブルなものの方が、梅の風味と馴染みやすく、まとまりが良い気がしています。そんな感じで梅酒作りも一段落つき、今年は一本だけを仕込むことに。ただ、梅酒作りのために揃えた大量の密封瓶が棚に残っているので、今年は梅ジュースと梅干しも作りました。
梅干し作りについて調べてみると、塩分濃度や干し方、赤じその使い方など、驚くほど多様な技法があることを知りました。来年以降は「梅干し研究」が始まってしまいそうな予感がしています。
不思議なもので、若い頃には全く興味のなかった「漬ける」という行為に、年齢を重ねるごとに惹かれていく自分がいます。もしかすると脳の変化なのかもしれませんし、歳をとると保存食や季節仕事への関心が自然と湧いてくるのかもしれません。実は梅だけでなくピクルスやガリなんかも漬けていたりします。
周囲を見渡しても、SNSで知り合いのおじさんたちが漬物や梅干しなど「漬け系」ネタでの投稿を見かける機会が増えました。私の梅酒作りを知っている友人からも「今年も作り方を教えて」と連絡がくるようになり、同じようなことを考える仲間が増えていくのを感じます。
試しに某知恵袋サイトを見てみると、「漬物と年齢の関係」や「梅干し作りの謎」についての投稿が数多くあり、みんな気になるテーマなのだと妙に納得。どれも信憑性は低いのですが、一度作り始めると「やめられなくなる」同士がたくさんいることを知り、なんだかうれしくなりました。
わたしの素
梅酒自体は夏を過ぎた頃が飲み頃ですが、梅ジュースはひと足早く完成し、夏のはじまりの定番ドリンクになります。子どもの頃の夏休みは、冷蔵庫で冷えた自家製梅ジュースに氷を入れて飲むのが当たり前でした。今も炭酸で割ったり、レモンやミントを加えて、体にやさしい夏の飲み物として楽しんでいます。
並行して、夏のアイスコーヒーも欠かせません。ここ数年はキャンプにもぴったりなコーヒーバッグをボトルに入れ、5〜6時間放置するだけで出来上がる水出しコーヒーをよく作っていましたが、今年は「氷出しコーヒー」という新しい方法にも挑戦しています。
コーヒードリッパーにコーヒー豆を入れて、その上に氷を乗せ、その氷がゆっくりと溶けていく水で少しずつ抽出される淹れ方なのですが、時間がかかる分、透明感のある味わいに仕上がります。いわゆる水出しコーヒーを、特別な器具を使わず再現できます。夜にセットしておいて朝に飲む。そんな時間の余裕も含めて、夏の楽しみのひとつになっています。氷が乗っかっているビジュアルも、熱い夏を気持ち涼しくしてくれます。詳しい氷出しコーヒーの作り方はネットにたくさん載っています、基本的に「氷を乗せて待つだけ」なので、興味がある方はぜひ試してみてください。

連載
自然と、道具の扉

プロデューサー
竹下充
自然が大好きで自然と道具でとことん遊んできた竹下さんと仲間たちの素となった食事。