私の家、私の家族
家族と暮らした年月よりも東京暮らしが長くなってずいぶん経つ。
その境目にあたる30代後半くらいから、「家族」や「家」とはいったいなになのだろうと考えることが多くなった。
私は結婚をしていないので、「家族」といえば生まれたときすでにあったものを指すのだろうけれど、かれら以上に長い時間や多くを分かち合ってきた人たちを、家族のようだ、と感じることもままあって、さらに「家」となれば、それはもはや実家ではなく、東京で暮らしている家がまず浮かぶようになって久しい。とはいえ仮住まいでもあるのだから、いつまで経っても根無し草みたいな気持ちにならなくもない。

二つ上の兄と五つ下の弟、三人きょうだいの真ん中の一人娘として生まれ育った。
大学4年間こそみな実家を離れて生活していたけれど、兄と弟は就職を機に地元に戻り、結婚し二児の親となり、実家のすぐ近くにマイホームを建て、人生のキャリアを積んでいる。いっぽう私は、いわゆる分かりやすい節目を持たぬまま、今日まで生きてきた。
自分で選んだ生き方を気に入ってはいるけれど、果たして家族は私の生き方をどう思っているのだろう。そう考えるとき、どこか後ろめたさや疎外感を感じてしまうのも事実で、けれどそれを突き詰めてしまえば自分がしてきた選択を恥じることにもなりかねないから、家族でありながらどこか異質であるように、あえて自ら強調するように振る舞うこともままあった。
あれはいつだったか、実家に帰省したときに古いアルバムを懐かしくめくっていると、隣で母が一枚を指さして言った。
「この頃から、綾子のことはほんと分からなかった」
それは七五三のお祝いで撮った写真で、私は三歳だった。フリルの付いたワンピースを着た私の手は、着物を着た母と繋がれている。カメラを向けられているのに私はそっぽを向いていて、母に聞けば、「なんでこんなことをしなくちゃいけないんだ」といわんばかりに終始不機嫌だったという。
母親にそんなことを思わせていたことを申し訳なく思う傍らで、なぜかひどく安心したことも覚えている。
父も母も兄も弟も、きょうだいが家庭を築いたことで増えた親族の誰に対しても、一対一であれば個を尊重して向き合えるのに、「家族」というひとかたまりになったときに生まれるあの独特な空気、それに対する苦手意識、娘や妹あるいは姉、叔母などの属性が自分に課せられたときにどうしようもなく感じてしまう窮屈感は、果たさなければならないと感じてしまう義務感のようなものは、いったいなになのだろう。

青山七恵さんの長編小説『私の家』は、恋人と別れて住む家を失い実家に帰ってきた娘を軸に、三世代からなる家族ひとりひとりが「家」と関わるその姿を、それぞれの視点からすくい上げて紡ぐ。
年の離れたシングルマザーに娘以上に親身になる母、幼い頃に住んでいた家に似た家を見つけ、そこに家族の目を盗んで通い続ける父、何年も音信不通の伯父、孤独を愛して生涯独身を貫いているのに他者から生活を乱される大叔母。
家族だからといって分かり合えるとも分かち合えるとも限らない。それを悲観する必要もない。家にしても、その場所があることで安心する人がいたり、逆にそこから逃げることで自由になれる人がいたり、幻影を追い求める人がいたりと異なっていて構わない。ひとくくりに「家族」とされていても、みんなそれぞれ違う価値基準で生きている姿、家族であってもすれ違う様がそこには描かれていて、読みながら安心し、赦されたような気持ちにもなったことを覚えている。




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