更地の上に立つ記憶
昔住んでた家を見に行きたくなるのはなぜなのだろう。
実際行ってみたところで、「あ、ある。あるなあ」程度の気持ちしか湧いてこないのに、それでもなお、ただ「ある」ことを確かめたくなるのはどうしてだろう。
ストリートビューが使えるようになった当初、そういえば最初に検索したのは上京して初めて住んだマンションだった。PCひとつで世界中どこへだって行けるのに、こういうところに私らしさが出るよなあと呆れる(出るな)。
「ある」という事実は、私のなににどう作用しているのだろう。
ところが先日、初めて「ない」を経験した。
下北沢には22歳から26歳まで4年間住んでいた。そのアパートが取り壊されて更地になっていたのだ。ほんの数ヶ月前見に行ったときは、まだ「ある」だったのに。

下北沢駅西口に面した鎌倉通りを大原方面に歩いていき、一番街に交わるすこし手前で路地に入る。駅から数分の距離なのに、一本入るだけで街の賑わいはたち消えて、人の暮らしの匂いが濃くなる。車も入ってこられないくらいに入り組んだ場所に、そのアパートはあった。
木造3階建てで壁も薄く、部屋は16㎡もなかった。
古いくせに妙にメルヘンチックな外観をしていて、集合ポストの脇には赤い屋根の犬小屋が置かれてあった。犬はおらず、脇に陶器の犬の置物が置かれてあって薄気味悪かった。作り付けの収納は掃除用具入れより小さく、エアコンは窓付きの旧式だった。動かすには薄く窓を開けなければならなかったから、冬は隙間風が堪えたし夏は生ぬるさが不快だった。
窓からはNHKドコモビルが小指の爪ほどの大きさで見えた。夜になると窓から身を乗り出して、今日は何色で光っているかを確認するのが日課だった。
雑誌やテレビの仕事をしながら大学院に通っていた。たぶん一番世間に見られていた時期だったけれど、人生で最も金も自信もなく、将来の姿も曖昧だった。
東京で生きていくという覚悟について、一番考えていた時期をそこで過ごしたからか、思い出して楽しい記憶はあまりないのに、よく思い出すのも定期的に見に行きたくなるのも、このアパートだった。
それがもうない。
更地の上には「建築計画のお知らせ」と書かれた看板が立っていて、見ると敷地面積90㎡とあった。こんなに狭い土地の上に、9人もの生活者たちが壁を分けて暮らしていたのか。

〈街は生き物で、住むことはその細胞のひとつになること〉
『下北沢について』のなかで、著者の吉本ばななさんはこう綴る。本書は、著者が下北沢に移住し、家族とともに暮らしながら感じた日常や街の魅力を綴ったエッセイ集だ。
携帯とお財布と鍵だけで外に出れば、いつでも知り合いに会えたという、ゆるやかで温かい人間関係。おもちゃ屋「2丁目3番地」で息子のフィギュアを真剣に選ぶ時間。カレー屋「マジックスパイス」で活力を補充するひととき。本の宝箱みたいと表現する「B&B」は私も働いていた本屋で、その頃、ばななさんとB&Bとで作っていた小さな冊子がまとまって、この本の姿になった。
下北沢という街について、〈ただ住むだけでなく自由に夢を見るための場所〉と書き、生きるために選ぶことについて、〈選ばなかったほうの人生を夢見ることはできない。でも、選ばなかった人生が私に微笑みかけてくれるとき、いつでもその人生に恥じないようにあることはできるかもしれない〉とも書く。
その言葉が、私の行動に接続する。
あのアパートに住んでいたあの頃。金も自信もなく将来の姿も曖昧で、だからこそ無数の可能性を夢見ることができた。そのなかから選び、あるいはしがみつき、今がある。私はそれを確かめるために、昔住んだ家の前に立ち続けてきたのかもしれない。選ばなかった人生に恥じないように生きているかと、自分を問うために。



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