雨女とカルネ
「コトゴトブックス」店主 | 本と生き方

雨女とカルネ

雨女かもしれないと突然思った。思ったと言うより、なぜこれまで気づかなかったのかと呆れている。

 その日は朝から浮かないこと続きで、見かねた友人がランチ鮨に誘ってくれたのだった。昼から鮨をコースでやる、最高だ。けれど食べ終わって店を出た途端、ゲリラ豪雨に見舞われた。傘もなく、コンビニも遠い。幸い鮨屋は私の家の近所だったので、ずぶ濡れ覚悟でダッシュを決め込むことにした。途中何軒か馴染みの店もあったため、雨宿りもさせてもらった。ありがたいことである。しかし友人は入る店々で服を買い靴を買い、そのたび着替え、しまいにはバッグまで買い着替えた服を詰め込んで、ほんの数百メートルで総額5万を散財した。私はただ鮨を奢られ雨に濡れてはしゃいでいただけだった。申し訳ないことをした。

それだけではない。私の雨女っぷりは、新幹線をも飛行機をも、テーマパークをも止めるのだ。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンが開業した当初、雑誌のタイアップ撮影で園を訪ねたことがあった。当日、日本列島に迫っていた台風は突如進路を大きく変えて大阪を直撃、アトラクションもパレードも中止となり、USJは開業初の早期閉園をアナウンスした。

釜山に旅行したときも、帰国日に天候が荒れて飛行機が欠航、2日間の足止めを食らった。こういうとき、私は変に開き直ってしまう悪癖があり、「タコ食べよ蟹食べよ、チャミスルジュセヨ〜」と呑気に酔っ払っていたのだが、同行していた神経マトモな友人は、飛行機の変更手続きやホテル探しに奔走し、みるみる疲弊していったのを覚えている。申し訳ないことをした。石垣島に行ったときも同様のことがあり、同行していた役者の友人は新作のクランクインに間に合わないかもしれないと顔面蒼白、いろんな人に迷惑をかけた。帰れなくなったと知った日の夜に食べたソーキそば、あれは旨かったなあ(本当にごめんなさい!)。

(これは昨年、台風で足止めを食らい、日帰り予定が2泊3日の出張となった京都のホテルで撮った写真。大好きな京都タワーが目の前に望めて大はしゃぎ。追加の経費も仕事のしわ寄せも吹っ飛ぶ鳥瞰だった)

  

それにしても、なぜ行く先々でこんな目に遭うのだろう。単身であればまだしも、同行者がいる場合は後ろめたいことこの上なく、とはいえ「これ全部私のせいなんです…」と謝罪したとて相手を奇妙がらせてしまう。雨女雨男を自覚している皆さんにおかれましては、いかがお過ごしでしょうか?

それで思い出したのが、太宰治の小説の一節だ。
〈老若男女ひとしく指折り数えて待っていた楽しい夜を、滅茶滅茶にした雨男は、ここにいます〉
これは「服装に就いて」という短編の一節で、内容はタイトル通り、服装に対するこだわりや、こだわるあまり引き起こしてしまう失敗談を太宰独特の自虐とユーモアを交えて綴る傑作なのだが、作中で、太宰もなかなかに雨男であることを告白している。

 太宰が服に凝って遊びに出かけると、不思議に必ず雨が降り、洪水にさえ見舞われるのだ。たとえばあるときは、お気に入りの銘仙の絣の単衣を着て富士吉田の火祭りに出かけたと綴る。「そんなに気合いを入れたらまた洪水に遭いますよ」と笑う妻を制して出発したものの、八王子、大月と列車が進むにつれて、やっぱり雨が降りだした。遊覧の男女の客はあからさまに落胆していて、太宰は罪悪感から顔を挙げることができない。火祭りは当然中止、挙げ句、山崩れまで起こってしまって峠を歩いて越える羽目に。けれどここで自分の罪を打ち明けたら最後、吉田の町民に袋叩きにされるに違いない。窮地に立たされた太宰が心の内で呟くのが、件のセリフなのである。
太宰の服に原因があるなら、私の持ち物の、一体なにに魔が潜んでいるというのか。

わたしの素

行く先々で嵐を起こしてしまうので、新幹線に乗り込むときは非常用に何か買ってしまう癖がついた。それを家まで持ち帰ってこられたときは小さくガッツポーズである。
京都や大阪からの帰路の場合は、断然、志津屋のカルネ一択だ。
少し酸味のきいたフランスパンに、ハムとマーガリンとオニオンが挟んであるシンプルなパンなのだけど、飽きない美味しさがあって良い。専門店ではなく、駅構内のコンビニの棚に控えめに置かれてあるのも実に良い。そしてこれは完全に都合の良い解釈なのだが、駅構内で売ってるくせに、トースターで焼いて食べることを推奨しているところも、無事の帰宅を祈ってくれているようで、頼もしい。

 と書いていたらメールの通知が鳴って、見ると地方からのイベント出演依頼である。
皆様どうかお気をつけください。12月、木村、南西の方へと参ります。

木村綾子

著者プロフィール

「コトゴトブックス」店主
木村綾子

10代からはじめた読者 モデルのかたわら、モノゴコロついた時から生活の一部だった本に携わる仕事をはじめる。30代からの仕事は、本中心に。蔦屋書店とのパートナー契約などを経て、
多くの人が生きることと向き合ったコロナ禍、一冊の本を通じて、作者と読者が出会う場を目指すオンライン書店「コトゴトブックス」を立ち上げた。

メッセージ

規約への同意

※お送りいただいたご意見は編集部が受け取り、アンバサダーにお届けするほか、今後の記事作成やサイト運営の参考とさせていただきます。 ※お送りいただいたご意見をアンバサダーおよび編集部が今後の記事で一部引用する場合があります。ご了承ください。 ※募集していない質問や要望に対し、個別具体な回答はいたしません。 ※誹謗中傷、差別的な発言、公序良俗に反する内容の書き込みは固くお断りいたします。

連載

おいしさってなんだろう?をテーマに
その人らしい"おいしさ"をもつ筆者たちの連載をお届けしています。

おすすめ