ドラマ制作日誌 ② 直感と戦略
ドラマプロデューサー | 映像と記憶

ドラマ制作日誌 ② 直感と戦略

季節が変わるたび、「ああもう放送まであと◯ヶ月しかない…」と途方に暮れる。これを書いている今は7月下旬。クランクインまでは半年切っているけれども、いろいろ なことがまだ決まっていない。誰のせいでもない、自分のせいで決まっていないことばかりなのが苦しいところ。


今回は産休・育休明け初めての連ドラ。『エルピス』 の撮影は2022年夏だったからあれからもう3年も経っていて、現場の勘がまだ戻らない。さらに自分の人生的には初めて育児と両立しながらドラマを作っているので、物理的な時間の使い方も仕事に残されている脳のCPUもこれまでとは全く違う。もちろんそんな「私側の事情」はドラマ作りにはなんの意味も持たないし、旗振り役が泣き言を言っている場合でもない。「今ってこれを検討しているタイミングで大丈夫でしたっけ…?」と手だれのプロデューサー陣に確認してばかりいる毎日だ。今何に焦るべきかがはっきりしないくせに、漠然とした焦燥感にだけは追い立てられている。できるだけ月に1回は友人と外で美味しいご飯を食べて、仕事とは全然関係ない話をして息抜きをして、どうにか日々を乗り切っている。

朝から晩まで何かしらの仕事をしているはずなのに、制作スタッフが合流するまでのこの期間は、何をしていても雲を掴むような、雲を掴むような感じというか、暗中模索という言葉がピッタリの状況だ。決めなければならないことは山ほどあるのに、相談する相手があまりいないのと、特に正解のない仕事であるだけに、選択肢が常に山のようにあって、悶々と考え続けてしまう日々が続く。

これまでどうやっていろんなことを決めてきたのか、ということすらわからなくなって、しばし自分の人生を振り返ってみると、ほぼ全ての選択を直感にしたがってきたことに気づく。実際は直感というほど素敵なものでもなく、瞬間的な思い込み、という方が近いのかもしれない。これが好き、この人が好き、これが欲しいというわかりやすい欲望の時もあるし、たぶんこっちだろう、という緩やかなひらめきの時もある。

昔、自分自身がトークをしなければならないイベントのタイトルに「戦略と情熱」という言葉が書かれていて(主催の人が決めてくれたもの)、私に戦略などあった試しがないのになあと申し訳なくなったことを思い出す。私の思考も選択もほとんどがその時・その場限りの“点”で、打っていった点がたまたまいい感じの線になっただけだと自覚している。目指すゴールからの逆算からではなく、直感的に点を打つポイントを見つけること、それが私の選択なのだと思う。

ひらめきが生まれず、打つ点を見つけられない時は映画館に行く。

例えばこの前は、ある重要な役のキャスティングをするにあたり二人の候補がいて、どちらにオファーをすべきかものすごく悩み、普段はあまりそういうことをしないが、過去作を改めて見なおしたりインタビューを読んだりしてみたが、結論が出なかった。時間もなかったが思い切ってずっと観たかった映画『F1』を観に行った。約2時間半もの間  、一瞬も退屈する隙を与えない世界規模の祭りのような映画で(超個人的な、かつ観た状況に多分に影響されているとは思うが)、観終わったらものすごくスッキリかつ多幸感に溢れていて、じわっと涙が出た。単純がすぎるが、ブラッド・ピットが演じた主人公ソニーのように、もっと自分本位でいいのかもしれないと思えた。子供が生まれたこと、ここ最近の社会の気が重くなるような変化、このドラマが背負うテーマ、そういった色々な事情が影響して、自分自身でも気づかぬうちに、今まで大事にしていた直感のようなものよりも、「受け手がどう思うか」ということを優先的に考えてしまっていたような気がした。勝手に頭で戦略を立てていた。もちろんそういう目線はドラマを制作する上で絶対に必要なことだけれども、私の場合はそこに縛られるとかえってうまくいかない。そもそも顔のないぼんやりしたイメージの「受け手」を想像している時点で選択がブレる。何かを勝手に背負おうとしていたんだなあと反省する。どちらにオファーするか、ちゃんと直感が降りてきてくれた(それがドラマにとって正解かどうかは、今はもちろんわからない) 。

自分が選んできたこと、その選択の全てが正解だったとは思わないけれど、不思議なことに、自分の選択が間違っていたなと思う出来事は思い浮かばない。「選んだ道を正解にする」と言い切れるほどに自信はないが、きっと何度やり直しても同じ道を選ぶだろう、とは思える。2025年7月、自分の直感を信じて、もう一度歩き始めようと決める。

わたしの素

先月、友人が誘ってくれたポルトガル料理の料理教室に行った。料理のレシピ自体は今や色々な本やSNSなどに溢れているものの、個人的には、レシピももちろん大事だが料理を美味しくするのはちょっとしたコツだと思っているので、例えば食材の選び方、野菜の保存の仕方、といったことから、春巻きの巻き方のコツ、お肉の炒め方のコツ、調味料を入れる順番の基本、など詳しく聞ける料理教室では、いつもたくさんの学びがある。ドラマ作りと料理は少し似ているなと思っているところがあり(いい監督は料理上手、という映画界の鉄板ネタもある)、現場の勘を早く取り戻すのにも一役買ってくれそうな気もしている。今回もシンプルな材料と調味料で驚くほど奥行きのある味わいの料理を教えてもらった。まだまだ五里霧中の日々を、周りの人たちがくれる色々なtipsで乗り切っていきたい。

ドラマ制作日誌 ①はこちら

佐野亜裕美

著者プロフィール

ドラマプロデューサー
佐野亜裕美

CANSOKSHA代表社員。ドラマプロデューサー。
「ウロボロス」「おかしの家」「99.9-刑事専門弁護士-」「カルテット」「この世界の片隅に」「大豆田とわ子と三人の元夫」「17才の帝国」「エルピス」など。

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