カンノーリとババをおかわり
エッセイスト | 「今日もていねいに。」

カンノーリとババをおかわり

前回のつづき


E180ST駅からタクシーに乗って5分ほどで、アーサーアヴェニュー地区のリトル・イタリーに着いた。緑豊かな街路樹が並び、高い建物がひとつもない、それこそイタリアの田舎を思わせるような、のどかな商店街だった。
「ここがアーサーアヴェニューかあ……」と僕は呟いた。横を見ると、雲ひとつない青空に向かって、リリーが手を合わせて「ありがとうございますー」と言った。

「手を合わせるのは仏教の作法だけど、どうして知っているの?」と聞くと、「メディテーションの教室で、手を合わせることは感謝することで、そうすると気持ちが落ち着くと教わったの。手を合わせて感謝するってすてきよね。あと、あの世とこの世をひとつにするという意味があると聞いたわ」とリリーは答えた。

「今日はおいしいものをたっぷり食べるから、手を合わせて、そのしあわせに感謝するの。ほら、あなたもやって」。リリーはそう言って僕の背中を叩いた。僕はリリーと一緒に青空に向かって手を合わせた。

子どもの頃、わが家では食事の前に手を合わせて「いただきます」と言って、ごはんを食べるのが習慣だった。小さい声だと「大きな声でちゃんと言いなさい」と母によく叱られたっけ。食べ終わると、また手を合わせて「ごちそうさまでした」と大きな声で言うのも決まりだった。

食べることとは感謝すること。リリーが手を合わせる姿を見て、ふとそんな幼い日を思い出した。いつしか手を合わせることをしなくなった自分が少し恥ずかしくなった。そういえば、「食べること、おいしいこと、お腹がいっぱいになることに手を合わせて感謝。感謝を忘れると、その3つがなくなるわよ」とも母は僕によく言っていた。そんな昔話をアーサーアヴェニューを歩きながらリリーに話した。リリーは「そういう日本人の美しい心に共感するわ。食べ物を食べるでなく、いただくという言葉にも表れてるよね」と言った。

新鮮な野菜やハムなどを売るマーケットを尻目に、リリーが最初に連れていってくれたのは187th通りにある「BORGATTI’S」という生パスタの店だ。この店は手作りの生パスタやラビオリが絶品のおいしさで、家族分のパスタが2ドルちょっとで買える人気の店。リリーは友人の分までパスタを買った。「アーサーアヴェニューのレストランでパスタを頼むと、だいたいここのパスタを使っているわ。ほんとにおいしいから、あとで食べましょうね」と、リリーは得意そうに言った。

リリーは買ったパスタを手に道をどんどんと歩いた。僕はリリーの歩く速さに着いていけず、「リリー、もう少しゆっくり歩いてよ。そんなに早く歩いたらすぐに疲れちゃうよ」と言った。すると「ごめんごめん、私はニューヨーカーだから歩くのが速いのよね。もっとのんびりと歩かなきゃだめね」と笑いながら自分の頭を叩いた。僕はリリーのこういった素直な性格が好きだった。

お目当てのカンノーリを売るパン屋「MADONIA BROTHERS BAKERY」は、地元の人たちで賑わっていた。スタッフの多くが女性でとてもフレンドリーだ。「ここのカンノーリがアーサーアヴェニューでいちばんおいしいのよ」とリリーは言い、「カンノーリをふたつください。いや、やっぱり4つください。それとコーヒーも」と注文した。立ったままだけど、店の中で食べれるのが良かった。というのも、カンノーリはクリームを詰めてすぐに食べるのがいちばんおいしい食べ方らしく、あまりのおいしさに、絶対もうひとつ食べたくなるから、おかわり用もちゃっかり注文したとリリーは肩をすくめた。

「おかわりの2個目をゆっくり味わうのがいいのよ」とリリーは言って、コーヒーを一口飲んで、すぐに2個目を口にして至福の笑顔を見せた。リリーはほんとうにおいしいものが好きなんだと思い知った。そして食いしん坊だと。

「ねえ、ババっていうお菓子知ってる?」と口についたクリームを拭きながらリリーは言った。「知らない。どんお菓子?」と聞くと、「絶対おかわりしたくなるおいしさなのよね。ラム酒を染み込ませたナポリの焼き菓子ですごーくおいしいのよ」と言った。すぐ近くにおいしいババを売っている店があるから、次はそこに行きましょうと、店を出てリリーは歩きはじめた。

リリーの歩きはいつものニューヨークスピードに戻っていて、どんどんと僕を引き離していった。ババはどんなおいしさなんだろうと思いながら、僕は小走りでリリーを追いかけた。

つづく

わたしの素

ある日の朝食。バターロールを半分に切って、フライパンで軽く断面を焼く。焦げ目がつくくらい。そして皿にのせて、バターを少々、つぶあんをひと塗り。いわゆる、あんバター。たまにというか3日に一度、朝食にいただく。コーヒーとの相性がとてもいい。朝からあんこ?と思うが、友人いわく「あんこはサラダ。だから朝でも大丈夫」。最近はそのあんこを自分好みの甘さや風味で食べたくて、あんこを自分で作っている。とてもおいしい。朝にあんこを食べると元気が出るみたい。子どもの頃だったら夢のようだ。大人になってほんとうに良かったと思う。小さいパンケーキを焼いて、どらやきを作るときもある。もちろんおいしい。

松浦弥太郎

著者プロフィール

エッセイスト
松浦弥太郎

2002年、セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2005年からの9年間『暮しの手帖』編集長を務める。その後、IT業界に転じ、㈱おいしい健康取締役就任。2006年より公益財団法人東京子ども図書館役員も務める。ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。「Dean & Delucaマガジン」編集長。他、様々な企業のアドバイザーを務める。映画「場所はいつも旅先だった」監督作品。著書に「今日もていねいに」「しごとのきほん くらしのきほん100」など著書多数。

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