自分という土で考える
エッセイスト | 「今日もていねいに。」

自分という土で考える

ひとりの時間、しかも静かで安心した気分でのひとときというのは、ほんとうにしあわせを感じることで、そのときに何を思うかというと、これは人によって違うかもしれないけれど、ぼくの場合は、ぼんやりしながら、自分にとって大切な人との今であったり、懐かしい記憶であったりして、それと同時に心に浮かんでくるのは言い尽くせないくらいの感謝だったりする。


そんなふうに、その人のことを思っていると、必ずその人と一緒に過ごしたひとときを回想したりして、そこにいつもあらわれるのがおいしい料理や食べ物であり、あのとき、あの人と、何を、こんなふうに、たのしく食べた、というひとつのかけがいのない記憶が自分の中にたくさんあることに、ふと気づいたりする。

で、そこには楽しかったことだけでなく、少なくともはっとしたこと、感じ取ったこと、学んだこと、驚いたことというのがたくさんあり、そういうことが自分を新しくしてくれたり、知らずに変えてくれたり、とにかくそういうほんのちいさなことが今の自分を作ってくれていることは確かで、だからこそただ漠然とかもしれないけれど、あとになって感謝という感情が自然と生まれるんだなと思う。そういったことに気づくことができる自分でありたいし、すなわち何一つ、ひとりのようでひとりではない人生を忘れてはいけないと考える。

初夏のある日、Kさんが初夏のグリーンマーケットで買ってきたアスパラガスを見せてくれた。「見て、こんなにきれいな紫とグリーンのアスパラガスはないわ。瑞々しくて手にもつとずっしりと重いの」とKさんは言って、紙に包まれたアスパラガスを僕に持たせてくれた。束になったアスパラガスはほんとうに重たくて、その重みがアスパラガスの新鮮さを感じさせ、また色、香り、姿かたちの強さにほれぼれとした。

「料理というのは、それが何からできているかを知るというか、素材を味わう、楽しむ、慈しむことが大切。出来上がったものよりも、その素材のありのままの状態をよく見て、よく知ることよね」とKさんは言った。

「わたしは人間というのを土に例えて考えるのが好き。自分という土はどんな土なのか。その土には水分がたっぷりとふくまれているのか。栄養が行き届いていて、どんな種を植えてもすくすく育つのか。手で触るとふっくらとしてやわらかい土なのか、いろいろな生き物が生きていくのによい土なのかと、ね。さて、あなたという土はどんな土だと思う?」とKさんは聞いた。

ぼくは自分を土だなんて考えたことがなかったのですぐには答えられなかったが、Kさんが言う自分を土に例えてみるという考え方はいいなと思った。自分という土の状態をよく見て、今そこにどんな栄養を与えたらよいのか、今そこにどんな手入れが必要なのか。単純にきれいなのか汚れているのかなど、そうやって自分を土と考えることで、普段の生活習慣だけでなく、食のこと、栄養と手入れと観察という意識が生まれることは確かで、そうすると自然と自分はどんなふうに生きて、何をどんなふうに食べるのかということの大切さがわかると思った。

Kさんはアスパラガスの料理をはじめた。「教えないわよ。見て覚えて」というので、ぼくは料理の仕方をそばでしっかりと見ていた。

アスパラガスの根本の固いところを切り落として、残ったところをピーラーで軽く皮をむく。忘れていけないのは、アスパラガスの穂先に汚れがあるときがあるので、かならずきれいに洗っておくこと。

アスパラガスが重ならないような大きさのフライパンを強火にかけて、油(Kさんはグレープシードオイル)を入れて、しっかりと熱してからアスパラガスを並べる。アスパラガスもフライパンも動かさない。焼き目がうっすらとつくまで1分くらい焼く。フライパンにバターを入れて溶かし、フライパンを少しゆすってアスパラガスを返す。スプーンを使ってアスパラガスに溶けたバターを回しかける。全体に火が通ったら完成。アスパラガスは焼きすぎないのがコツ。食べやすい大きさに切って、皿に盛ったら、塩をふたつまみくらい振りかけて食べる。

「あなたという土は、アスパラガスという栄養がきっと嬉しいはず。さあ、おいしくいただきましょう」とKさんは太陽の光が注ぐテーブルをセットしてくれた。

テーブルには、天然酵母のパンとゆで卵、焼いたアスパラガスという質素だけれど、これ以上でもこれ以下でもない豊かさを感じる料理が並んだ。

「アスパラガスで卵の黄身をつついて食べましょう」とKさんは言った。
ぼくという土が喜んだ。栄養になって、いい土になると思った。

わたしの素

春になると、毎週のようにいちご狩りに出かけるのが楽しみになっている。いちごは大きいのや小さいのや、色も様々であるけれど、ぼくは小さくて赤いいちごが好き。つい先日、パリに行った際、ちょうどいちごの季節だったようで、マルシェにはたくさんのいちごが並んでいた。毎日のようにいちごを買って帰り、食後のデザートに楽しんだ。どれもそれぞれおいしかったけれど、白い花がついたいちごをはじめて食べた。甘さがちょうどよく、いちごがいちごらしくておいしかった。この季節のパリでは、いちごのタルトも楽しみのひとつだった。

松浦弥太郎

著者プロフィール

エッセイスト
松浦弥太郎

2002年、セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2005年からの9年間『暮しの手帖』編集長を務める。その後、IT業界に転じ、㈱おいしい健康取締役就任。2006年より公益財団法人東京子ども図書館役員も務める。ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。「Dean & Delucaマガジン」編集長。他、様々な企業のアドバイザーを務める。映画「場所はいつも旅先だった」監督作品。著書に「今日もていねいに」「しごとのきほん くらしのきほん100」など著書多数。

メッセージ

規約への同意

※お送りいただいたご意見は編集部が受け取り、アンバサダーにお届けするほか、今後の記事作成やサイト運営の参考とさせていただきます。 ※お送りいただいたご意見をアンバサダーおよび編集部が今後の記事で一部引用する場合があります。ご了承ください。 ※募集していない質問や要望に対し、個別具体な回答はいたしません。 ※誹謗中傷、差別的な発言、公序良俗に反する内容の書き込みは固くお断りいたします。

連載

おいしさってなんだろう?をテーマに
その人らしい"おいしさ"をもつ筆者たちの連載をお届けしています。

おすすめ